
「受診者が最大3倍に」150円の自己負担でも断る人が皆無だった理由 ――がん検診の「心理的ハードル」を下げる環境整備
先進国において女性の健康課題やがん検診の重要性が叫ばれるなか、日本国内における子宮頸がん検診の受診率低迷は長年の課題となっている。こうした背景のもと、受診時の心理的負担を軽減するための医療製品開発に取り組む日本シーエイチシー株式会社がある。同社の古川裕祥代表への取材を通じ、検診のハードルを下げる試みとその背景にある医療現場の構造的課題について探る。
なぜ日本の検診受診率は3割にとどまるのか――欧米諸国との意識の対比

厚生労働省「がん対策推進企業アクション」の公表データによれば、欧米諸国の子宮頸がん検診受診率が70〜80%台で推移しているのに対し、日本国内の受診率は約31%と低水準にとどまる。
古川氏はこの現状について、性に対する文化の違いや性教育に対する社会的な壁が影響しているとの分析を示す。特に20歳から40歳の層において「恥ずかしい」という羞恥心や内診への抵抗感が強いという。
医療機関側でも、産婦人科等の領域で女性医師による対応体制を徐々に拡充するなどの対策が進められているとされる。同社の説明によれば、検診時の心理的負担を緩和する製品の導入後、利用者からは好意的な反応が寄せられている一方、導入医療機関に関する問い合わせも増えているという。
もっとも、女性医師の確保や体制構築には地域差や人員の限界もあり、医療機関側の努力だけで受診者の心理的ハードルをすべて解消するには至っていないのが現状である。
「患者視点」への転換はなぜ遅れたのか――メディア報道が動かした150円の選択肢

同社が開発・提案を進める「検診用使い捨て紙パンツ(羞恥心軽減パンツ)」は、股の部分に切り込みを入れて露出部を狭くし、両サイドを縫い合わせることでめくれを防ぐ仕様となっている。事業者側の説明によれば、これは従来の医療従事者側の効率性を重視した検査衣ではなく、受診者側の視点に立った設計であるという。
しかし、発売当時の医療機関の関心は薄く、特に男性医師の間では女性の羞恥心への配慮という意識が共感されにくかったため、導入は全く進まなかったと同氏は振り返る。
転機となったのは、NHKの番組「あさイチ」で製品が取り上げられたことだった。番組放映後、全国の生活者から注文が相次ぎ、購入したパンツを受診者が医療機関に持参する動きが生じたことで、医療機関側の意識にも変化が現れ始めたとされる。現在はオンラインストア等でも個人向けに出品されており、購入者が自主的に普及活動を行うケースも見られると同社は説明する。
ただし、受診者が個人で製品を購入して持参するという形態や、一部の医療機関が1枚あたり150円の自己負担額を設定して提供する試みは、検診環境の改善における過渡期の現象という見方もでき、一律の標準仕様としての普及には依然としてコスト負担の在り方を巡る課題が残る。
受診者数が2〜3倍へ急増――150円負担でも「断る人は皆無」という現場のリアル
同社の説明によれば、同製品を導入した医療機関からは「検査受診者が2〜3倍に増加した」との報告や感謝の声が寄せられているという。あるクリニックでは、受診者に1枚150円の費用負担を求めたものの、利用を断る受診者は皆無であったとされる。
このような事例が口コミで広がり、近隣の婦人科医療機関からの問い合わせも増加傾向にあると同社は説明する。同氏は今後、生命保険会社のノベルティグッズなどとしての活用を促進し、さらなる認知拡大を目指したいとの考えを示している。
一方で、一部の医療機関における受診者数の増加や好意的な反響は局所的な成功事例にとどまる可能性もあり、口コミや民間企業のプロモーションに依存するだけでは、全国的な受診率の底上げに持続的な効果をもたらすかについては不確実性が残されている。
「啓発だけでは届かない壁」をどう超えるか――環境整備と多角化が問う構造論点
古川氏は、従来の「受診の重要性を伝える」という啓発活動だけでは受診率向上に限界があるとし、今後は「受診しやすい環境を作る」ことへの転換が必要であるとの認識を示す。
同氏の分析によれば、受診率低迷の背景には、羞恥心などの心理的ハードルに加え、時間を確保できないという時間的ハードル、初期症状の少なさによる情報不足、費用や機会損失に伴う経済的ハードル、さらには医療機関側の女性医師不足やプライバシー配慮の遅れといった複数の構造的要因が絡み合っている。
これらに対し同社は、自治体との連携(受診券への案内同封や無償配布)、企業の健康経営(福利厚生や女性活躍推進の一環としての導入)、メディアを通じた啓発、そして医療機関の受診体験そのものを変えること(女性スタッフの配置やプライバシー配慮の徹底、羞恥心軽減パンツの導入)など、5つの施策を掲げて取り組んでいる。同社は自社の製品を、単なる検査衣ではなく、女性の健康課題解決やフェムテック、SDGs(すべての人に健康と福祉を)に寄与する社会課題解決型の製品と位置づける。
同社が掲げる「女性検査用パンツ」の普及や多角的なアプローチが、日本国内の構造的な検診受診率低迷をどこまで変えられるか、今後の医療機関および自治体との連携の進捗次第でその具体的な輪郭が見えてくることになりそうだ。
【取材協力】
日本シーエイチシー株式会社
代表取締役社長 古川裕祥
https://j-chc.jp/
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