
物価高の時代に“頼れる名脇役”──伝統と革新で紡ぐ、豆腐の新しい価値
日本の食卓に欠かせない”身近な味”、豆腐。値上げラッシュが続くなかでも、手に取りやすい価格を保ち、栄養豊富でアレンジ自在な豆腐の価値を見直す動きが広がっている。
神奈川県を代表する老舗豆腐メーカー・ヤシマ食品株式会社は、伝統の技と新ブランド「湘南豆富」で、豆腐の新しい魅力を発信している。「ただの脇役」では終わらせない――。豆腐づくりに込めた想いや、これからの挑戦について、髙橋代表に話を伺った。
事業内容について
豆腐・厚揚げ・がんもどきの製造・販売が主軸。油揚げ・蒟蒻・白滝などの仕入販売も対応。70年来の味と技術で毎日10万丁の豆腐を寄せる、神奈川県では最大規模の豆腐メーカー。濃いめの豆乳を使用し、大豆の風味が強い味わいが特徴。大豆の皮を剥き、消泡剤を使わずに豆乳を絞る技術を有する。25年4月に新ブランド「湘南豆富」を立ち上げ、通称「大トロとうふ」を看板商品に拡販中。元々は神奈川の地場スーパーとの取引が中心だったが、関東全域〜中部・関西へも商圏を広げつつある。自社ブランドに加えて、スーパー各社のプライベートブランドも手掛ける。外食チェーン大手や横浜中華街、事業給食・学校給食など業務用の取引も。
70年受け継がれる「感謝・誠実・信頼」の豆腐づくり
当社の企業理念は「感謝・誠実・信頼」です。シンプルですが、事業を長く継続していくための最も本質的な三要素であり、飾らない企業風土をよく表していると感じています。豆腐は日本人の日常に欠かせない食品である一方で、地域や事業者によって味わいが異なります。その土地で長く続いてきた豆腐であるほど、それは「地域の味」として愛されてきた食文化です。地元のお客さまに支えられてきたことへ「感謝」し、「誠実」に豆腐づくりに向き合い続けることが、お客さまからの「信頼」に繋がります。この好循環で地域社会に貢献できることが豆腐づくりの醍醐味であり、時代が変化していく中でも当社が守り続けるべき価値だと考えています。

富士山の伏流水と濃厚豆乳が生む、唯一無二の味わい
当社の豆腐づくりには濾過した地下水を使用しており、これは富士山・丹沢大山を源流とする伏流水にあたります。豆乳は一般平均より高い濃度にこだわり、効率より味を重視して絞っています。この二つが当社の豆腐の味のベースです。大豆は北海道・宮城・山形・北米それぞれ産地と品種を指定しており、にがりは大島・赤穂・室戸・沖縄の海水から精製されたもの。大豆とにがりの組み合わせで味が変化するため、独自の調合レシピで商品別に使い分けています。また豆乳は豆を長時間水に漬けて柔らかくしてから皮ごと絞るものですが、当社には水に漬けず皮を除去して絞る技術があり、新鮮な豆の甘みと風味を引き出した味わいが強みとなっています。
物価高の時代にこそ見直したい、豆腐の“底力”
豆腐の魅力は「ヘルシー」「アレンジ」「コスパ」の三点です。植物性のタンパク源でカルシウム・マグネシウムや鉄分・イソフラボンなども豊富に含むヘルシーな自然食材であること。和食はもちろん、洋食や中華、即食から創作まで幅広く活用できる食材としての汎用性。そしてこの二つを手頃な価格で提供できるコスパの高さですね。ただ、日本人にとって豆腐はあまりに当たり前な存在であるが故に、灯台下暗しで活用しきれていないのが現状だと感じています。物価高の今こそ、豆腐のポテンシャルを改めて認知してもらえるような商品づくりやレシピ・情報発信に取り組むことが、豆腐屋である当社に求められる社会的な責務であると考えています。

冬に食べたいおすすめレシピ「肉豆腐」と「プチ鍋奴」
冬のおすすめレシピは「肉豆腐」です。「すき焼き」は特別感のあるごちそうのイメージですが、お鍋に牛コマや豚バラ、野菜と豆腐を入れて、市販の割下で煮込む肉豆腐は、実はすき焼きとほぼ一緒。冷蔵庫の余りものを放り込めばよく、肉が少なくても割下が染みた豆腐でごはんが進みます。手間も時間もかかりません。
最近は個食用の鍋の素が色々出ているので、「プチ鍋奴」もオススメです。お椀に豆腐と鍋の素を入れて、ラップしてレンチンするだけ。味の種類は豊富ですし、余った食材や食べるラー油などを加えたアレンジも無限です。レンチンは高圧だと豆腐が破裂しやすいので、500Wくらいで長めに温めるのがポイントです。

新ブランド「湘南豆富」で豆腐の価値を再定義
当社では4月に「湘南豆富」という新ブランドを立ち上げ、付加価値の高い商品開発に取り組んでいます。看板商品である通称「大トロとうふ」は、他にない豆の甘みと風味の強さをご評価いただき、大手スーパーの販路が急速に広がっています。また湘南豆富のインスタグラムでは、豆腐の魅力や活用レシピを発信しており、立ち上げ半年で1万フォロワーまで成長しました。今後はECやふるさと納税にも注力していきます。
差別化商品で販路や商圏を広げることで、地域の味をお手頃に提供し続けることが可能になります。湘南豆富では付加価値を追求しますが、昔ながらの当社の商品や、地元スーパーのPB商品にもしっかり取り組み、地域の味を守っていきます。

老舗から“セカンド・スタートアップ”へ
今後の展望として、まずは湘南豆富で純粋な豆腐の価値を追求します。豆腐は自然化学であり、素材の組み合わせや製法の研究開発で、これまでにない斬新な味・美味しい味を生み出せる余地はまだまだ大きいと感じています。私は農学部出身なので、大豆の産地と連携した品種開発にも取り組みたいですね。
中期的には、植物性タンパクとしての豆腐の可能性にチャレンジしたいと考えています。私は色々な領域のスタートアップに経営参画してきましたが、植物性タンパクの領域はまだイノベーションの勝者が大成しておらず、宇宙と並ぶ最後のフロンティアなのではと感じています。高齢化や気候変動による食糧不足など、普遍的な社会課題にも密接に関係する領域です。まだ詳細はお話できませんが、数年かけて実現したいアイディアは複数あります。ヤシマ食品という老舗の中小企業から、イノベーション・ディスラプションを生み出すセカンド・スタートアップとしての挑戦。これからの日本のビジネスモデルに一石を投じる気概で取り組んでまいります。
ヤシマ食品株式会社
http://www.yashimafoods.co.jp
代表取締役 髙橋 勲(たかはし いさお)

1923年 創業
1951年 豆腐製造業を開始
1976年 日本豆腐協会に参画(設立メンバー)
1985年 にがり寄せの充填豆腐製造に成功(業界初)
2011年 エコフィード導入(フードロス対策)
2018年 エコスター導入(無浸漬豆乳製法)
2024年 事業承継で現代表就任
2025年 湘南豆富ブランドを創設
取材/文 石田あかね
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